杉本屋ブログ

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DynaBook 初代 J-3100SS登場(1989年)から31年。

 こんにちは杉本屋です。

 6月も最後の日となりましたが、この6月26日で、東芝、初代DynaBook J-3100SS登場から31周年ということで、これを記念して、現在dynabook株式会社は、これまでのdynabookの歴史を紐解くことができる特設サイト「story of dynabook」を掲載しています。

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初代DynaBook J-3100SS

 なぜこんな古臭いPCの話を今更持ち出すかというと、筆者には極めて個人的な思い出があり、余りにも懐かしいので、つい回顧録のような記事にした次第です。

あの1989年に〜

 31年前というと、1989年になりますが、この年は日本でも世界でも何やらエポックメイキングな出来事が多かった年だと思います。

 日本では昭和帝の崩御lから平成への改元があり、バブル経済が絶頂期を迎え、世界ではアフガンへ侵攻していたソ連軍が撤退し、中国では自由化を叫んでいた無辜の学生達が天安門で数多く殺され、そして11月にはベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦の終結が近いことを覚らされた年でもありました。

初代DynaBookの登場

 そんな中で登場したDynaBookは、のちに世界標準とまで言われる、世界初のノートPC「DynaBookシリーズ」(現・dynabook)の誕生だったと筆者は思いますし、後に東芝もそう世間に公表しています。

 A4サイズシャーシに、640×400ドットELバックライト液晶ディスプレイ(モノクロ)、CPUには80C86(10MHz)、1.5MBメモリ、3.5インチFDD(フロッピーディスクドライブ)を搭載して、重さ2.7kg、標準価格は19万8,000円(税別)を実現していました。

 ちなみに当時EPSONが出していたラップトップPCの価格は40万をかるく超えていて、重量も8kgはあった記憶があります。

 当時は、NECのPC-9800シリーズが国民機として絶対的なシェアを誇っており、しかもデスクトップPCが全盛で、そこへ東芝DynaBookはノートPCという新しいジャンルを引っさげて尖兵として斬り込んだような印象を受けた記憶があります。

 また、2.5時間利用可能な脱着式ニッカド電池や、電源オンで電源オフ時の状況を回復するリジューム機能を備えていました。

 その他にも、特筆すべきは本家の「IBM PC/XT」機にさえ存在しなかった、内蔵、増設を問わず、メモリをHDDのように不揮発性として扱えるハードRAM機能というものも搭載されていました。

 このハードRAMは本当に便利で、日本語MS-DOSなど「カラッ」という僅かな音(なぜ音がしていたのか謎ですが)と一緒に、一瞬で起動してコマンドプロンプトが出てすぐ使える状態になっていました。まあ、今でいうとSSDのようなもので珍しくもないかも知れませんが、当時としては画期的なアーキテクチャでした。

 今一度分かりやすくスペックと特徴を列記すると、

  1. CPUは80C86(10MHz).
  2. メモリは,最大3.5メガバイト(標準1.5メガバイト)
  3. 電源オンで電源オフ時の状況を回復するリジューム機能の提供
  4. ELバックライト液晶ディスプレイ
  5. 2.5時間使用可能なバッテリパック
  6. かな漢字変換辞書としてジャストシステム社のATOK7をROMで提供
  7. 外部記憶装置 FDD(1.2メガバイト/720キロバイト)

 また、当時普及し始めていたパソコン通信も、最大2,400bps対応のモデムカードが内蔵オプションで用意されるなど、現在のノートPCに通じる機能を持っていました。

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左側面

購入したのは J-3100SX001

 実は筆者はこの初代DynaBookに憧れつつ横目で眺め、一年を経過した1990年に、intelの386SXという一応32bitCPUを搭載したJ-3100SX001という機種を購入することになります。ちなみにメモリは標準で2MB積んでいたような記憶があります。

 当時、定価は「¥248,000」でしたが、住んでいる街の電気屋さんで、19万弱で購入した記憶があります。しばらくはFDDベースで使っていましたが、あまりに遅く不便なので、HDDと、既述したハードRAMとで迷った挙げ句、高速性を取って、わずか8MB(メガバイト)という容量のメモリカードを11万円という驚くような高値で購入しました。たしかIO-DATA社製だったと記憶しています。

 このRAMカードにDOSと主要アプリ全部をインストールしても、まだ容量は半分ほど(4MB)は余っていて、当時のソフトウェアの規模の小ささを痛感します。

 今は、当然この機種は手元にありませんが、ボディのデザインなどは初代と大きな変更はなく、印字されたロゴや型番が違っていただけのような気がします。

 ただ初代SSよりはさすがに高速で、DOSや、その上で動くアプリ(一太郎Ver4)などが大変俊敏に動作していた記憶が今も鮮烈に残っています。

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右側面 3.5FDD

DynaBookの語源は

 この名詞の由来は、米国の科学者、アラン・カーティス・ケイ氏が提唱した理想のコンピュータの概念です。1972年の論文「A Personal Computer for Children of All Ages」に「すべての年齢の子供たちのためのパソコン」という題目で、創造性を引き出すためのダイナミックな対話型コンピュータ環境を描写して、その実現可能性を検討するという内容でした。

 GUIを持つOSや、ノートPCの原型(形状、重さ、ディスプレイ、通信機能等)、さらに500ドルという価格を40年前に提唱していたことに驚きます。

 DynaBook J-3100SSのマーケティングメッセージは

みんなこれを目指してきた。「ブックコンピュータ」出現

 として、モータースポーツのF1に初フル参戦のレーサー、鈴木亜久里氏をイメージキャラクターに採用し、小脇にDynaBookを抱えて走り出す鈴木亜久里氏のポスターや製品外箱は、実に颯爽たるものでした。

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正面左側LED群

秀逸だったキーボード

「ステップ…」なんとかというような名前だったように思いますが(正式な名称も忘れてしまいました)、筆者が今まで触ったどのキーボードよりも格段に優れていました。

 絶妙の打鍵感で適切なクリック感があり、このキーボードで入力すると誤打が極めて少なくて済みました。 入力することに歓びを感じるほどだったと思います。
 今でも手に入るなら、キーボードだけでも欲しいほどです。
 この後、あのNEC東芝の追撃に驚異を感じて、出してきた、98NOTEのキーボードなどお粗末としか言いようのないもので、比較になりませんでした。
 このDynaBookのキーボードで、ATOKVZ Editorを使って、愚にも付かない小説を書き、どっかの文芸雑誌の新人賞に応募したことも懐かしい思い出になっています。

あの東芝は現今?

 これだけ先進性のあるPCを次々に打ち出していた東芝は今どうでしょうか?
 DynaBook部門はシャープ系に身売りし、さっさと撤退したという印象があります。
 これは何も東芝だけではなく、日本のPCメーカーはいずれも元気の無さを感じます。
 美味しいところは海外のメーカーに全部持っていかれて、かつての東芝のような「敢為の姿勢」あるいは「文化を作る」という意識が感じられません。
 
 以上、何やら懐かしさの余り極めて個人的かつ懐古的な記事になりましたが、なにとぞご無礼の段お許し頂ければ幸いです。
 最後までお読み頂き感謝致します。